はじめまして、シードと申します。
愛する妻と、この世に生を受けて111日が経ったばかりの娘との3人暮らし。平日はエンジニアとして働き、休日は新米パパとして育児に奮闘する、ごく普通の毎日を送っています。
娘の成長は本当にあっという間で、日に日に表情が豊かになり、小さな手で一生懸命に何かを掴もうとする姿を見るたびに、胸が温かくなります。このかけがえのない時間を大切にしたい。そう思うからこそ、仕事も効率的に、質の高い成果を出して、少しでも早く家に帰りたい。
そんな理想とは裏腹に、今日の僕は、仕事で大きな壁にぶつかり、深い後悔の念に苛まれていました。
それは、**「目的意識」**という、仕事をする上で最も基本的で、最も重要なことを見失っていた自分に気づかされた一日でした。
このブログは、僕の個人的な失敗談です。しかし、同じように技術の現場で悩むエンジニアの方、仕事と育児の両立に悩むパパやママ、あるいは何か目標に向かって頑張っているけれど、時々「何のためにやっているんだろう?」と立ち止まってしまう、すべての人にとって、何か少しでもヒントになることがあれば、という想いでキーボードを叩いています。
僕の一日の、情けなくも学びの多かった物語に、少しだけお付き合いいただけますと幸いです。
午前:再リベンジのプレゼンで空回り。費やした2時間の意味とは?
その日の朝は、少し憂鬱な気持ちで始まりました。
先週、僕が担当した製品の「出図レビュー」で、うまく説明ができなかったのです。出図レビューとは、設計した図面を基に、その設計内容で問題がないか、量産に進めて良いかを最終確認する、非常に重要な会議です。
ここで僕の設計意図や、なぜこの仕様にしたのかという根拠を明確に伝えきれず、多くの指摘と宿題をいただいてしまいました。そして今日が、その再リベンジの日だったのです。
「今日こそは完璧に説明してみせる」
そう意気込み、始業から2時間を丸々使って、説明資料の修正や、想定される質問への回答準備に没頭しました。前回指摘された箇所を一つひとつ潰し、データの見せ方も工夫し、「これで万全だ」と自分に言い聞かせ、レビューに臨みました。
しかし、結果はまたしても芳しくありませんでした。
説明を始めると、前回とはまた違う角度からの質問が飛び交い、僕はそれに的確に答えることができません。準備したはずの回答も、どこかピントがずれているような感覚。話せば話すほど、聞いている相手の顔が曇っていくのが分かりました。
結局、またしても承認は得られず、追加の確認事項を抱えて、重い足取りで自席に戻ることになったのです。
費やした2時間は、一体何だったのか。虚しさと自己嫌悪が押し寄せてきます。
席に戻って、ぼーっとしながらレビューを振り返っているうちに、根本的な過ちに気づきました。僕がこの2時間でやっていたのは、前回の指摘事項に対する「点」での回答準備でしかなかったのです。
本来、僕がレビューの場で伝えなければならなかったのは、
- 「この設計で、何を達成したいのか?(Point)」
- 「なぜ、その設計が最適だと考えたのか?(Reason)」
- 「その根拠となる具体的なデータや事実は何か?(Example)」
- 「だからこそ、この設計で進めるべきだと結論づける(Point)」
という、**設計の根幹にある「目的」と「一貫したストーリー」**でした。
いわゆるPREP法と呼ばれる、ビジネスコミュニケーションの基本的なフレームワークです。僕は、この最も重要な「P(Point=結論、目的)」の部分の具体化、つまり**「このレビューで、参加者全員に何を納得してもらい、どんな合意形成をしたいのか」**という目的意識が、完全に抜け落ちていたのです。
ただ指摘された箇所にパッチを当てるように資料を修正するだけでは、全体としての説得力は生まれません。それはまるで、目的地を決めずに航海に出る船のようなもの。どんなに立派な帆を張っても、どこにも辿り着けないのです。
この午前中の失敗は、午後に待ち構えていた、さらに大きな後悔への序章に過ぎませんでした。
【雑学コラム①】「伝える」と「伝わる」の大きな違い
コミュニケーションの難しさは、この「伝える」と「伝わる」のギャップにあると言われます。
- 「伝える」:自分視点。自分が情報を発信した、という事実。
- 「伝わる」:相手視点。相手が情報を受け取り、理解・納得した、という状態。
今回の僕のレビューは、まさに「伝えた」だけで「伝わっていなかった」典型例です。どれだけ準備をしても、相手が知りたい情報、相手が納得できるロジックでなければ、それはただの自己満足に終わってしまいます。
良い設計レビューは、設計者の知識を披露する場ではなく、**関係者全員の知識と視点を集約し、製品の品質を最大限に高めるための「協業の場」**です。そのためには、まず設計者自身が「この設計で何を成し遂げたいのか」という目的を誰よりも深く理解し、それを参加者の誰もが理解できる言葉で語る必要があるのです。
午後:オシロスコープとの格闘。見えない真実と見ようとしなかった未来
午後は、気分を切り替えて、別件のタスクに取り掛かりました。
お客様から、「製品に搭載されているハーネスを意図的にショートさせた場合、システムはどのような挙動をしますか?」という技術的な問い合わせが入ったのです。
ハーネスとは、電子機器における**「血管」や「神経」**のようなもの。電源や信号を、必要な場所に正確に届けるための電線の束です。これがショート(短絡)するということは、人間で言えば血管が破れたり、神経が混線したりするような一大事。最悪の場合、過大な電流が流れて部品が破損したり、発熱して火災に至る危険性もあります。
そのため、製品は「万が一ショートが起きても、安全にシステムを停止させる」という保護機能(フェイルセーフ)が設計に盛り込まれています。
まずは設計図面や仕様書を確認し、理論上、「ショートを検知したら、〇〇という部品が作動して、△△ミリ秒以内に電源を遮断するはずだ」という、設計的な動きを頭に叩き込みました。
次はいよいよ実機での確認です。
安全にショート状態を再現できる実験環境を整え、挙動を観測するためのオシロスコープを準備しました。
オシロスコープは、**「電気信号の時間的な変化を目に見える形(波形)で表示する装置」**です。電圧がどのように変化していくかをグラフで捉えることができるため、僕たちエンジニアにとっては、電気回路の動きを診断するための「聴診器」のような、必要不可欠なツールです。
Oscilloscope is a measure of the electrical work. electronics
僕は、設計上、電源が遮断されるきっかけとなる箇所の信号を計測するために、オシロスコープのプローブ(先端の針)を当て、ショートを発生させました。
しかし、画面に映し出された波形は、僕が想定していたものとは全く違う形をしていました。
「あれ…?思ったタイミングで電圧が落ちないぞ…?」 「なんだこのノイズは?どこから来てるんだ?」
何度か試してみても、結果は同じ。設計通りの綺麗な動きにはならず、不安定な波形が映し出されるばかり。僕はすっかり混乱してしまいました。
「計測する場所が違うのか?」「オシロスコープの設定が悪いのか?」「それとも、設計自体に何か見落としが…?」
様々な可能性が頭をよぎり、プローブを当てる場所を変えたり、設定をいじったりと、試行錯誤を繰り返しました。そして、格闘すること数十分。ようやく、お客様に説明できるであろうデータ、つまり「ショート後、システムは停止します」という事実を示す波形を捉えることができました。
正直、完全に納得したわけではありませんでしたが、ひとまず問い合わせへの回答に必要なデータは得られた、と自分を納得させ、その場での計測を終えました。
しかし、本当の後悔は、その後にやってきたのです。
自席に戻り、取得したデータを改めて眺めていた時のことでした。
「あ…」
思わず声が漏れました。僕が取得したデータは、ショートが発生してからシステムが停止するまでの、ごく短い時間だけのものでした。しかし、もし、もう少しだけ長い時間、計測を続けていたら。
そうすれば、システムが完全に停止した後、電源ラインがどのように安定していくか、あるいは予期せぬ電圧が残留していないかなど、**「電源がどのように綺麗に落ちるか」**までを、つぶさに観測できたはずなのです。
お客様が本当に知りたかったのは、「システムが停止するかどうか」というYES/NOの事実だけではありません。その背景にある、「どのように、そしてどれくらい安全に停止するのか」という、品質に関わる部分だったのかもしれない。
もし、もっと長い時間スケールでデータを取っていれば、より深く、説得力のある報告ができたはずです。もしかしたら、僕が悩んでいた「想定と違う動き」の理由も、その後の挙動を見れば明らかになった可能性すらあります。
なぜ、その可能性に気づけなかったのか。
答えは、またしても同じでした。僕の目的が、「お客様からの質問に、とりあえず回答できるデータを取ること」という、非常に低いレベルに設定されていたからです。
「この計測を通じて、お客様のどんな不安を解消したいのか?」 「この製品の安全性を、どうすれば最も明確に証明できるのか?」
そうした**「質の高い目的意識」**を持っていれば、自ずと「もっと長い時間スケールのデータが必要だ」という発想に至ったはずなのです。
午前中のレビューでの失敗と、全く同じ構造の失敗でした。表面的な課題解決に終始し、その奥にある本質的な目的にまで、考えが及んでいなかった。僕は、一日で二度も同じ過ちを犯してしまったのです。
その事実に気づいた時、ずしりとした重い後悔が、僕の肩にのしかかってきました。
【雑学コラム②】仕事の質を高める「段取り八分、仕事二分」
昔から「段取り八分、仕事二分」という言葉があります。これは、仕事の成果の8割は、事前の準備(段取り)で決まるという意味です。
今回の僕の計測は、この「段取り」が決定的に不足していました。ここでの段取りとは、機材を準備することだけではありません。
- 目的の明確化:この計測で何を明らかにしたいのか?
- ゴールの設定:どのようなデータが、どのような状態で取れたら「成功」と言えるのか?
- 仮説の構築:どのような結果が予測され、その根拠は何か?
- 手順の計画:どのような順番で、何を確認していくか?
- リスクの想定:想定外の結果が出た場合、次に何を試すか?
こうした思考の準備を怠った結果、僕は現場で場当たり的な対応に終始し、結果として質の低いアウトプットしか生み出せなかったのです。
これは、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)で言えば、P(計画)の欠如に他なりません。質の高いPがあって初めて、質の高いD(実行)、C(評価)、A(改善)が回っていく。この基本を、改めて痛感させられました。
一日の終わりに。生後111日の娘が教えてくれたこと
仕事での度重なる失敗に、心身ともに疲れ果てて、僕は帰路につきました。
電車に揺られながら、今日の出来事を反芻する。なぜ、あんなに目的意識が欠けていたのだろう。なぜ、もっと深く考えることができなかったのだろう。
そんな自己嫌悪に陥っていると、ふと、妻から送られてきた一枚の写真が目に入りました。
そこには、僕の帰りを待つかのように、まん丸な目でこちらを見つめる娘の姿が写っていました。
その純粋無垢な瞳を見ていると、僕の心の中のモヤモヤが、少しだけ晴れていくような気がしました。
この子は、今、何のために泣き、何のために笑っているのだろうか。
きっと、お腹が空いたから泣き、満たされたから笑う。眠いからぐずり、抱っこされて安心する。その一つひとつの行動に、迷いもなければ、見せかけもない。すべてが、「生きる」という、明確で、純粋な目的に直結しています。
翻って、僕の今日の仕事はどうだったか。
「レビューを乗り切ること」 「問い合わせに回答すること」
それ自体が目的になってしまい、その先にある**「良い製品を作り、お客様に安心して使ってもらう」**という、エンジニアとしての大目的を、完全に見失っていました。
娘の存在が、僕に「本質的な目的を持つことの重要性」を、改めて、そして何よりも力強く、教えてくれたような気がしたのです。
家に帰り、玄関のドアを開けると、「おかえりなさい」という妻の優しい声と、娘の元気な声(まだ言葉にはなりませんが)が迎えてくれました。
妻に今日あったことを話すと、彼女はただ静かに聞いてくれ、そしてこう言いました。
「お疲れ様。失敗するのは、あなたが真剣に仕事に向き合っている証拠だよ。大丈夫、今日の失敗は、明日のあなたをもっと強くしてくれるから」
その言葉に、どれだけ救われたか分かりません。
一人で抱え込んでいた後悔や焦りが、すっと溶けていくのを感じました。僕には、こうして支えてくれる妻がいる。そして、僕の成長を待っていてくれる娘がいる。
【雑学コラム③】生後111日の赤ちゃんの驚くべき世界
僕の娘が過ごした生後111日という時間は、大人にとっては何気ない期間かもしれません。しかし、赤ちゃんにとっては、劇的な変化と成長の連続です。
- 首がすわる:多くの赤ちゃんがこの時期に首がしっかりとすわり始め、縦抱きにすると周りをキョロキョロと見渡せるようになります。世界が一気に広がる瞬間です。
- クーイング:「あー」「うー」といった母音を中心とした「クーイング」が活発になります。これは、言葉を話すための大切な練習。一生懸命、コミュニケーションを取ろうとしています。
- 社会的微笑:人の顔を見て、にこっと笑う「社会的微笑」がはっきりと見られるようになります。これは、コミュニケーションの始まりであり、親子の絆を深める重要なサインです。
彼らは、ただ受け身でいるだけではありません。「世界を理解したい」「親と繋がりたい」という強い目的を持って、日々、驚異的なスピードで学び、成長しているのです。そんな生命の力強さに触れていると、僕たち大人が忘れがちな、物事の本質を思い出させてくれます。
まとめ:明日の自分へ
今日は、僕にとって、本当に多くのことを学んだ一日でした。
午前中のレビューでは、「何を伝えたいか」という目的の具体化ができていなければ、どんなに時間をかけて準備しても意味がないことを知りました。
午後の計測では、「何のためにそのデータを取るのか」という高い目的意識がなければ、仕事の質は上がらないことを痛感しました。
どちらの失敗にも共通していたのは、「本質的な目的」の欠如です。
目の前のタスクをこなすことに必死で、その仕事が持つ本当の意味や、その先にいるお客様のこと、そして会社全体の目標にまで、想像力を働かせることができていませんでした。
しかし、この大きな後悔は、同時に大きな気づきでもあります。
今日の失敗は、決して無駄ではなかった。むしろ、このタイミングで自分の弱さに気づけて、本当に良かったと思っています。この悔しさをバネに、明日からの僕は、きっと変われるはずです。
仕事に取り組む時、常に自問しよう。
「この仕事の、本当の目的は何か?」
その問いを、僕の仕事の羅針盤にしていきたいと思います。
そして、家に帰れば、愛する妻と娘が待っていてくれる。この幸せを守るためにも、僕は一人の人間として、一人のエンジニアとして、成長し続けなければなりません。
壁にぶつかり、悩み、それでも前を向く。そんな僕の姿が、いつか娘の目に映った時に、何か誇れるものであれたら。そう、心から願っています。
最後まで、僕の長い独り言にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
もし、あなたも仕事や人生で壁にぶつかっているのなら、その経験は決して無駄にはなりません。一緒に、一歩ずつ、前に進んでいきましょう。

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