はじめに:画面越しの君は、世界で一番の応援団
はじめまして。シードと申します。仕事では設計チームのマネージャーを、そしてプライベートでは生後107日になる娘の「新米パパ」をしています。
とはいえ、今は少しだけ寂しい、期間限定の「単身赴任」生活。妻と娘は、妻の実家でのびのびと里帰り中です。日中の喧騒が嘘のように静まり返った夜、僕の心を温めてくれるのは、妻から送られてくる娘の写真や動画。それが、僕にとっては何よりの栄養剤です。
そして、今日の夕方。僕のスマートフォンが、特別な知らせを届けてくれました。妻から送られてきた、一本の短い動画。そこに映っていたのは、うつ伏せになり、全身を懸命によじらせる娘の姿でした。
「もう少しで寝返りしそう!」
妻からのメッセージに、僕は思わず息をのみました。小さな手足をばたつかせ、唸り声を上げながら、あと少しでコロンと仰向けになれそうなところまで来ている。でも、どうしても片方の腕が体の下に挟まってしまい、抜けずに苦しんでいるのです。
「うー、あー!」
悔しそうな、もどかしそうな声。まだ首も完全にすわっていない体で、自分の限界に挑戦しているその姿。数日会っていない間に、こんなにも世界を押し広げようとしていたのか。驚きと、愛おしさと、そしてその「決定的瞬間」に立ち会えない切なさが、一気に胸に込み上げてきました。
この、もがきながらも成長しようとする小さな生命の輝き。それは、奇しくも今日一日、僕がマネージャーとして向き合ってきた出来事の本質を、鮮やかに照らし出してくれるようでした。
今日のブログでは、僕が奮闘した3つのマネジメント業務を振り返りながら、あと一歩で寝返りができそうな娘の姿から学んだ、「成長を支える」ということの本当の意味について、関連する雑学や僕自身の気づきを交えながら綴ってみたいと思います。
① 出図の日程調整:「腕が抜けない」僕を救った、上司という名の補助線
今日の最初の業務は、工場の生産計画を管轄する部署との、新製品のスケジュール調整会議でした。そしてそれは、さながら巨大な壁に一人で挑むような、孤独な戦いの始まりでもありました。
もがき、あがいた交渉の序盤戦
会議で提示されたのは、あまりにも無理のある「出図日(設計図の公式発行日)」。僕たち設計チームの都合を一切考慮しないその計画は、無駄な作業と混乱を生むことが火を見るより明らかでした。
僕は会議の後も、主催者である管理職の方を捕まえ、必死に計画の問題点を訴えました。 「この日程では品質が保証できません」 「無駄な図面発行で、チームが疲弊してしまいます」
しかし、僕の言葉は彼の心に響きません。彼は「問題は分かった。だが代替案は?」と繰り返すばかり。僕は、彼の計画の「間違い」を指摘することに終始し、どうすればこの膠着状態から抜け出せるのか、その方法が全く見えずにいました。
まさに、寝返りの練習で、自分の体の下に腕が挟まって抜けずにもがいている娘のように。僕は「このままではダメだ」と分かっているのに、どうすればその腕を抜けるのか、その方法が分からずに空回りしていたのです。
無力感に打ちひしがれている僕を見かねて、声をかけてくれたのが直属の上司でした。僕が一部始終を話すと、彼は静かに、しかし核心を突くアドバイスをくれました。
「シード、相手を論破しようとするな。それはレスリングだ。そうじゃなくて、一緒にゴールを目指すパートナーとして、ダンスに誘うんだよ。まず、お前が実現したい理想の日程を『提案』する。そして、『この理想のゴールに辿り着くために、どうすればいいか一緒に考えてくれませんか?』と、相手を知恵袋として頼るんだ。そうすれば、相手は『計画を批判する敵』から『課題を解決する仲間』に変わる」
その言葉は、僕にとってまさに「腕の抜き方」を教えてくれる魔法のようでした。
「協創」という名の寝返り
僕はもう一度、管理職の方の元へ向かいました。そして、今度は戦うのではなく、彼を「頼る」スタンスで話しかけました。
「〇〇さん、先ほどは失礼しました。実は、私たちの理想のスケジュールがありまして…」
僕は自分が勝ち取りたい日程表を見せ、「この日程が実現できれば、最高の品質で、かつ最も効率的にプロジェクトを進められます。ただ、このままだと工場側にご迷惑がかかる。そこで、この日程を成立させるために、何か良い方法はないか、〇〇さんのお知恵をお借りしたいのです」と、正直に助けを求めたのです。
すると、彼の目の色が変わりました。僕が提示した日程表を覗き込み、「なるほどな…この日程を実現するなら、〇A部品のサプライヤーを変えて納期を短縮し、B部品は工場の別ラインで先行して準備を始める必要があるな…」と、彼自身が能動的に解決策を考え始めてくれたのです。
僕が一人でもがいていた時には見えなかった解決策が、彼を巻き込んだ瞬間に、次々と生まれ始めました。まるで、誰かがほんの少しだけ背中を支えてあげたことで、それまで抜けなかった腕がスッと抜けるように。僕たちは、対立ではなく「協創(Co-creation)」によって、当初のどちらの案よりも優れた最適解にたどり着くことができたのです。
【雑学コラム】アドラー心理学に学ぶ「横の関係」
今回、僕が上司から学んだアプローチは、「嫌われる勇気」で一躍有名になったアドラー心理学の「横の関係」に通じるものがあります。
アドラー心理学では、他者との関係を「縦の関係(上下関係)」と「横の関係(対等な関係)」に分けます。相手を論破しようとしたり、指示・命令したりするのは「縦の関係」の発想です。これでは、相手は反発するか、無気力になるだけです。
一方で、「横の関係」とは、相手を対等なパートナーとして尊重し、協力をお願いしたり、感謝を伝えたりする関わり方です。今回僕が「お知恵をお借りしたい」とアプローチを変えたことで、管理職の彼との間に「横の関係」が築かれ、建設的な対話が生まれたのです。
部下や後輩はもちろん、たとえ上司や顧客であっても、相手を尊敬すべきパートナーと見なす「横の関係」を意識することが、困難な課題を乗り越える鍵となるのかもしれません。
② 残業管理:もがく仲間の隣で、僕ができること
次に取り組んだのは、派遣社員さんの残業管理でした。彼女は非常に真面目で優秀な方ですが、僕の上司からの度重なる修正指示(指摘ラッシュ)によって、業務量が膨れ上がり、疲弊の色を見せ始めていました。
完璧じゃない僕の、不格好な決意
この状況は、僕にとって二重の苦しみでした。一つは、上司と派遣さんとの板挟みになること。そしてもう一つは、「自分の仕事すら満足に管理できていないのに、他人の仕事を管理する資格があるのか?」という、自分自身への不甲斐なさでした。
その時、僕の脳裏に、再び娘の動画がよぎりました。 腕が抜けずにもがき、苦しそうな声を上げる娘。その姿は、終わらない修正作業に一人で向き合い、声なき悲鳴を上げている派遣社員さんの姿と、痛々しいほどに重なって見えました。
親として、娘が苦しんでいたら、どうするか? 「自力で乗り越えろ」と突き放すだろうか?いや、違う。まずは「どうしたの?」「痛いの?」と声をかけ、苦しみの原因を取り除こうとするはずだ。時には、物理的に体を支えて、楽な体勢にしてあげるかもしれない。
ならば、マネージャーとして僕がすべきことも同じだ。
たとえ僕が完璧なマネージャーでなくても、自分のことが棚に上がっていたとしても、今、目の前でもがいている仲間を孤立させてはいけない。僕は、そう決意しました。
「巻き取り」という名の、物理的なサポート
僕はまず、彼女が抱える全タスクをリストアップし、一つひとつヒアリングしました。そして、業務の「仕分け(トリアージ)」を行いました。
- 来月に先送りする業務: 今すぐ手を付けなくても、致命的な影響がないもの。
- 僕が引き受ける(巻き取る)業務: 上司への確認や他部署との調整など、僕が間に入ることでスムーズに進むもの。
- 彼女に引き続きお願いする業務: 彼女の専門性が最も活かせる、本来の図面作成業務。
この仕分け案を持って、僕は上司に報告に行きました。 「〇〇さん、派遣の△△さんの件ですが、現状のままでは心身ともに限界です。つきましては、これらの業務は私が巻き取ります。彼女にはコア業務に集中させてください」
僕は、ただ問題点を報告するのではなく、「自分がどう動くか」という具体的なアクションプランを示しました。それは、マネージャーとして、チームメンバーの負荷を自分事として引き受けるという、明確な意思表示でもありました。
僕の報告を受け、上司は「そうか、俺の指示が彼女を追い詰めていたか。すまなかった。その方針で頼む」と理解を示してくれました。
完璧じゃないなりに、不格好でもいい。今、苦しんでいる仲間の隣に立ち、その重荷を少しでも肩代わりする。それが、今の僕にできる最大限のサポートでした。
【雑学コラム】リーダーは「仕える人」であれ。「サーバント・リーダーシップ」
僕が今回、無意識のうちに行ったようなリーダーシップの形は**「サーバント・リーダーシップ(Servant Leadership)」**と呼ばれています。
これは、従来の「俺についてこい!」という支配型のリーダーシップとは対極にある考え方で、リーダーはまず相手に「奉仕(Serve)」し、その後に相手を導く(Lead)というものです。リーダーはメンバーの上に立つのではなく、むしろ下から支える存在。メンバーの話を傾聴し、彼らの成長を助け、業務の障害を取り除くことに尽力します。
今回僕が、派遣さんの業務負荷という「障害」を自ら引き受けた行為は、まさにサーバント・リーダーシップの実践と言えるかもしれません。チームメンバーが安心して、自分の能力を最大限に発揮できる環境を整える。それこそが、これからの時代に求められるリーダーの姿なのかもしれません。
③ 図面チェック:「できない」から始まる、チームの成長物語
今日の最後の仕事は、その派遣社員さんが作成した図面のチェックでした。しかし、ここでも問題が。僕も彼女も、この製品分野は全くの未経験。過去のトラブルの歴史も、設計思想の背景も、何も知らない状態からのスタートだったのです。
「知らない」を共有することから始まる
二人で図面を前にしても、どこから手をつけていいか分からず、途方に暮れてしまいました。まさに、生まれて初めて寝返りに挑戦する赤ちゃんのように、何が正解で、どう体を動かせばいいのか、全く分からない状態です。
ここでマネージャーとして「知ったかぶり」をするのは、最悪の選択です。それは、チームを遭難させる無責任な船長と同じ。僕は、正直に「知らない」ことを認めることにしました。そして、その製品の生き字引である、前任者の先輩社員に助けを求めたのです。
「〇〇先輩、すみません。僕も派遣の△△さんも、この図面は初めてで…。チェックの観点をゼロから教えていただけないでしょうか」
僕が素直に白旗を上げると、先輩は「おう、任せとけ!」と快く引き受けてくれました。こうして、その午後は、**先輩(知恵を持つ者)、派遣さん(実践する者)、僕(学び、仕組み化する者)**という、即席の3人チームが結成されたのです。
先輩が「この部分は、過去にこういう問題があったから、こうなっているんだ」と経験知を語り、派遣さんが「その指示だと、こう解釈してしまう可能性があります」と実践者の視点を加える。そして僕が「なるほど。その知見を、誰でも使えるチェックリストという形に落とし込みませんか?」と、未来に向けた仕組み化を提案する。
一人では見えなかった景色が、三つの異なる視点が合わさることで、立体的で鮮やかなものに変わっていきました。「知らない」という共通のスタートラインが、 오히려私たちを一つにし、本当の意味でのチームワークを生み出してくれたのです。
これは、単なる図面チェックではありませんでした。派遣社員さんと僕が「できなかったことができるようになる」ための、貴重な成長のプロセスそのものでした。そして先輩は、まるで寝返りのコツを教える親のように、僕たちの成長を温かく、力強くサポートしてくれたのです。
結びに:君が世界をひっくり返す、その日のために
長い一日が終わり、再び静かな部屋で、僕は妻から送られてきた動画を再生します。
「うー、あー!」
腕が抜けずにもがきながらも、諦めずに何度も何度も体をよじる娘。その小さな背中には、「絶対にできるようになってやる」という、純粋で、力強い意志が満ち溢れていました。
その姿を見ていると、自然と涙が溢れてきました。
ああ、そうか。 成長とは、決して一人では成し遂げられないんだ。 乗り越えようともがく本人の強い意志。 それを見守り、時にはヒントを与え、時には物理的に障害を取り除き、安全な環境を整える、周りのサポート。 その二つが奇跡のように噛み合った時、人は、昨日までできなかったことができるようになる。世界を、ひっくり返すことができるんだ。
僕が今日、マネージャーとしてやってきたことは、まさにそれだったんじゃないか。 もがいていた僕自身が、上司の助けで「腕を抜く」ことができた。 もがいていた派遣社員さんの「障害物」を、僕が少しだけ取り除いてあげた。 もがいていた僕と派遣社員さんを、先輩がその経験で導いてくれた。
マネジメントとは、人を管理することじゃない。 育児とは、子どもを支配することじゃない。 そのどちらも、対象となる人の「成長」の伴走者になることなのだと、僕は生後107日の娘に、教えられた気がします。
次に会う時、君はもう、自分の力でコロンと世界をひっくり返しているかもしれないね。 その瞬間に立ち会えないのは、やっぱり少し寂しいけれど。
でも、父さんは、父さんの場所で、君に負けないくらい、もがいて、あがいて、成長するよ。君がいつか大きな壁にぶつかった時、今日の僕が上司や先輩にしてもらったように、君の隣で、そっとその背中を支えてあげられる。そんな父親になるために。
さあ、明日も頑張ろう。 世界で一番の応援団が、画面の向こうで僕を見ているから。


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