生後98日のパパが上司に「脳死で仕事するな」と叱責された日〜本当の意味での”品質保証”と当事者意識に目覚めた話〜

シードのホームワーク

はじめに:父親、そして一人のエンジニアとして

はじめまして。シードと申します。

愛する妻と、そしてこの世に生を受けてから98日が経った、目に入れても痛くないほど可愛い赤ちゃんと、3人で暮らしています。

「父親」という新しい役割が加わった私の日常は、これまでとは比較にならないほど密度が濃く、そして目まぐるしいものになりました。夜中の授乳、オムツ替え、そして不意に訪れる夜泣き。寝不足の頭で朝を迎え、我が子の天使のような寝顔に癒やされ、そしてまた慌ただしく仕事へ向かう。そんな毎日です。

世の中のパパ・ママさんたちなら、きっと「あるある」と頷いてくれるのではないでしょうか。

このブログは、そんな私が仕事で経験した「痛恨の失敗」と、そこから得た「大きな気づき」について書き記したものです。

それは、上司から「脳死で仕事をしてしまっている」という、胸に突き刺さるような指摘を受けた出来事でした。

育児と仕事の両立に奮闘する中で、知らず知らずのうちに見失っていた「当事者意識」。そして、一人のエンジニアとして、製品の品質を担保するということの本当の意味。

この記事が、同じように日々の業務に追われ、時として思考停止に陥りがちなビジネスパーソンの方々、特にものづくりに関わるエンジニアの皆さん、そして育児と仕事の狭間で戦うパパさん・ママさんたちにとって、何かを考えるきっかけになれば幸いです。

AM 5:00 ― 父親だけの静寂と、小さな葛藤

その日の朝も、私の目覚めは早かった。時計の針は、まだ薄暗い午前5時を指していました。隣で眠る妻と、ベビーベッドですやすやと息を立てる我が子。その寝顔を見ているだけで、胸の奥が温かくなるのを感じます。

生後98日。生まれたての頃の、か弱く、ふにゃふにゃとした姿から、少しずつ手足に力がつき、表情も豊かになってきました。最近では、「あー」「うー」といったクーイングで、何かを訴えかけてくるようにもなりました。その一つ一つの成長が、私にとってはかけがえのない宝物です。

「まだベッドから出るには早いな…」

もう少しだけ、この温かい布団の温もりに包まれていたい。しかし、ここで二度寝をしてしまえば、数時間後に訪れるであろう「起床カオス」に乗り遅れ、寝坊してしまう可能性が高い。育児が始まってからというもの、私の睡眠は細切れになり、一度深い眠りに入ると、なかなか起き上がれない体質になってしまいました。

【雑学:赤ちゃんの睡眠サイクルと親の睡眠不足】

大人の睡眠が約90分周期の「レム睡眠(浅い眠り)」と「ノンレム睡眠(深い眠り)」で構成されているのに対し、生まれたばかりの赤ちゃんの睡眠サイクルは約40〜50分と非常に短いのが特徴です。また、レム睡眠の割合が全体の約50%を占めるため(大人は約20%)、物音や少しの刺激で目を覚ましやすいのです。これは、脳が急速に発達している証拠であり、生存本能として、身の回りの危険を察知するために備わった機能とも言われています。 この短い睡眠サイクル故に、親は夜中に何度も起こされることになり、慢性的な睡眠不足に陥りがちです。特に、父親の睡眠時間は母親に比べて軽視されがちですが、研究によれば、第一子の誕生後、父親の睡眠時間は平均で1日あたり約30分〜1時間減少し、その状態が数年間続くこともあるそうです。この睡眠負債が、日中の集中力低下や判断力の鈍化に繋がることは、想像に難くありません。

そんなことを考えながら、私はそっとベッドを抜け出し、スマホを手に取りました。本当は、今まさに締め切りが迫っている転職用のエントリーシートに手をつけるべきなのは分かっている。キャリアアップを目指し、新しい環境に挑戦したいという気持ちもある。しかし、寝不足の頭はなかなかクリエイティブな思考を許してはくれず、気づけば指は漫画アプリをタップしていました。

つかの間の現実逃避。慌ただしい日常の中で、唯一、誰にも邪魔されずに没頭できる自分だけの時間。それはそれで、今の私にとっては必要な「精神安定剤」なのかもしれない、と自分に言い訳をしながら、ページをめくり続けました。

思考停止の始まり ― 慣れと惰性の先にあったもの

その日の仕事は、正直に言って「ダラダラと」こなしていました。決して手を抜いているわけではないのですが、どこか集中力に欠け、思考が空転しているような感覚。朝の小さな葛藤が、そのまま尾を引いているかのようでした。

私の主な業務は二つ。一つは、出図を担当している派遣社員の方のサポートです。

【雑学:製造業における「出図」の重要性】

「出図(しゅつず)」とは、設計者が作成した製品の図面を、製造、品質保証、購買といった後工程の部署へ正式に発行するプロセスのことを指します。これは、ものづくりの世界における「公式発表」のようなもので、一度出図された図面は、その製品の正しさを示す絶対的な「憲法」となります。 もし図面に誤記や曖昧な点があれば、製造現場は誤った部品を作ってしまい、数千万円、場合によっては億単位の損失に繋がることもあります。また、サプライヤーへの発注ミスや、品質検査の基準が揺らぐ原因にもなります。そのため、出図前のチェック(検図)は、複数の目で、細部にわたって徹底的に行われます。派遣社員の方のサポートとはいえ、その責任は非常に重いのです。

そして、もう一つの業務が、自分の担当製品における「EOL対応」の準備です。

【雑学:EOL(End of Life)対応とは?】

EOLとは「End of Life」の略で、製品の生産終了や保守サポートの終了を意味します。電子部品の世界では、技術革新のスピードが速く、数年で部品がEOLとなることは日常茶飯事です。 私たち製品設計者は、製品に使われている無数の部品の中からEOLになるものを見つけ出し、その代替品を探し、評価し、設計変更を行う必要があります。代替品がなければ、製品自体の生産がストップしてしまうため、これは時間との戦いです。代替品の性能評価はもちろんのこと、コスト、供給安定性、法規制への適合など、多角的な視点での検証が求められる、地味ながらも極めて重要な業務なのです。

この日、私の心を占めていたのは、後者のEOL対応に関する、ある技術的な課題でした。それは、「IG OFF状態での製品の動作」についてです。

運命のレビュー会議 ―「仕様通り」という思考の罠

午後、関係者が集まり、この「IG OFF状態での動作」に関するレビュー会議が開かれました。メンバーは、私のようなハードウェア設計者と、製品の頭脳であるソフトウェアを司るシステム部署の担当者たちです。

【雑-の前の基礎知識:IG OFF(イグニッションOFF)とは?】

自動車に詳しい方ならお馴染みかと思いますが、「IG」はイグニッション(Ignition)、つまりエンジンキーやパワースイッチを指します。IG OFFとは、車のエンジン(またはメインシステム)が停止している状態のことです。 しかし、現代の車は、IG OFF状態でも多くの電子制御ユニット(ECU)が完全に眠っているわけではありません。キーレスエントリーの待機、セキュリティシステムの監視、時計の維持など、最低限の機能のために微量の電気(暗電流/ダークカレント)を消費し続けています。この暗電流が大きすぎると、数日間車に乗らなかっただけでバッテリーが上がってしまう、という事態を引き起こします。そのため、IG OFF時の消費電力や動作は、非常にシビアに管理されているのです。

問題となっていたのは、私の担当製品がIG OFFに移行する際に、電源の起動と終了を細かく繰り返してしまうという現象でした。まるで、眠りにつこうとする人間が、何度も目を覚ましてしまうような、不安定な挙動です。

会議の席で、私はシステム部署の担当者に問いかけました。 「この起動と終了を繰り返す動作ですが、これは設計仕様通りの動きなのでしょうか?」

システム部署の担当者は、少しばつが悪そうに、しかしきっぱりと答えました。 「はい。現状のソフトウェアシーケンスでは、そのような動きになります。仕様です。」

その言葉を聞いた瞬間、私の心の中に、ある種の「安堵」が広がったのを覚えています。

(なんだ、仕様通りなのか。それなら、この挙動に関する責任はシステム部署にある。もしこの動作が原因で将来的に何か問題が起きても、尻拭いをするのは彼らの仕事だ。私のタスクは、この仕様を前提としてハードウェアへの影響をまとめるだけだな。)

完全に思考をショートカットし、責任の所在を自分以外の場所に求めた瞬間でした。育児の疲れもあったのかもしれません。目の前のタスクを、いかに効率よく、波風を立てずに終わらせるか。そんな内向きな思考に陥っていたのです。

私は、特に異論を唱えることなく、その場を収めようとしました。しかし、その甘い考えは、すぐ隣に座っていた上司によって、木っ端微塵に打ち砕かれることになります。

静かに議論を聞いていた上司が、重い口を開きました。

「シード君。システム部署が『仕様だ』と言っているのは分かった。でも、君自身の目線ではどうなんだ?君は、この製品の担当者として、この動作に本当に何の問題もないと断言できるのか?『品質を担保する』というのは、そういうことじゃないか?」

その言葉は、まるで冷水を浴びせられたかのような衝撃でした。 頭が真っ白になり、顔がカッと熱くなるのを感じました。

上司の言わんとすることは、痛いほど分かりました。

  • この電源のON/OFFの繰り返しは、製品に使われている電子部品(特にコンデンサや半導体)の寿命を縮める要因にならないか?
  • この不安定な挙動が、万が一、他のシステムに予期せぬ悪影響を与える可能性はないか?
  • そもそも、ユーザー(車に乗るお客様)の視点に立ったとき、IG OFF時に製品がバタついているような挙動は、本当に「良い設計」と言えるのか?

「設計仕様書に書かれているからOK」ではない。 「他部署の責任範囲だからOK」でもない。

製品全体の品質に対して、最終的な責任を持つのは誰か?それは、部署の垣根を越えて、その製品に関わる我々エンジニア一人ひとりではないのか?

私は、その最も根源的で、最も重要な視点を、完全に見失っていました。 まさに「脳死で仕事をしてしまっている」状態だったのです。自分の判断軸を放棄し、ただ右から左へ情報を受け流すだけの、単なる「作業者」に成り下がっていました。

自分の意見を持つことなく、ただ流されるままに仕事をこなす。その楽な道を選んでしまった自分自身が、猛烈に恥ずかしくなりました。

「当事者意識」というエンジンに、再び火を入れる

会議室の重い空気の中で、私は深く反省しました。 そして同時に、上司の言葉に感謝しました。もし、あそこで指摘されなければ、私はこの先もずっと「脳死状態」のまま、重要な品質問題を見過ごしていたかもしれないのですから。

【雑学:品質保証(QA)と当事者意識(オーナーシップ)】

品質保証(Quality Assurance)とは、単に製品が仕様書通りに作られているかを確認する「品質管理(Quality Control)」とは一線を画す概念です。QAは、製品開発の企画・設計段階から関与し、「顧客が満足する品質」をプロセス全体で作り込む活動を指します。つまり、「仕様を満たしているか?」という視点だけでなく、「この仕様で、本当にお客様は幸せになるのか?」「潜在的なリスクはないか?」という、より高次元の視点が求められます。

このQA活動を支える根幹こそが、従業員一人ひとりの「当事者意識(オーナーシップ)」です。自分の担当範囲だけを切り取って考えるのではなく、「この製品は、自分ごとである」と捉え、部署や役割の壁を越えて、より良い製品にするために主体的に行動する姿勢。Googleが提唱した「心理的安全性」の高い組織では、従業員が失敗を恐れずにこうした当事者意識を発揮しやすく、結果として製品やサービスの品質が向上すると言われています。

私の上司が求めていたのは、まさにこの「当事者意識」だったのです。

私は、その場で自分の浅はかな考えを正直に認め、改めて自分の視点でこの問題を再検討することを宣言しました。

会議が終わった後、私は自分の席に戻り、改めて製品の回路図や部品のデータシートを隅々まで見直しました。

  • 電源ICの突入電流のスペックは?
  • コンデンサの許容リップル電流は?
  • 繰り返しのストレスによる部品の劣化モードは?

これまで「システム部署の領域」と勝手に線引きしていたソフトウェアの動作シーケンスについても、担当者に頭を下げて詳細を教えてもらいました。そして、考えられるリスクを一つ一つ洗い出し、対策案を練り上げました。

それは、決して楽な作業ではありませんでした。しかし、不思議と心は晴れやかでした。誰かに言われたからやる「作業」ではなく、自分が「やるべきだ」と判断した「仕事」に、ようやく向き合えている実感があったからです。

結論:父親として、エンジニアとして、成長を誓う

あの日から、私の仕事への向き合い方は少し変わりました。

何か判断を求められたとき、まず「自分の意見は何か?」と自問自答する癖がつきました。仕様書に書かれていることを鵜呑みにするのではなく、「なぜ、この仕様になっているのか?」「もっと良い方法はないのか?」と、一歩踏み込んで考えるようになりました。

それは、まるで今まで霧がかっていた視界が、少しだけクリアになったような感覚です。

この経験は、奇しくも「父親」になった私の心境と、深くリンクしているように感じます。

我が子に何かあったとき、「誰かのせい」にはできません。ミルクの温度は適切か、部屋の環境は快適か、その小さな命を守る全責任は、親である私と妻にあります。そこには、絶対的な「当事者意識」が存在します。

仕事も同じなのかもしれません。自分が世に送り出す製品は、いわば自分の「子供」のようなもの。その品質に責任を持ち、お客様に安全と快適を届ける義務がある。その製品が、誰かの生活を支え、誰かの命を乗せて走る車の一部になるかもしれないという想像力を持つこと。

脳死で仕事をすることは、その責任を放棄することと同義だったのです。

まだまだ、父親としても、エンジニアとしても、私は未熟者です。これからも、育児の壁にぶつかり、仕事で失敗することもあるでしょう。時には疲れ果てて、思考停止に陥ってしまう日もあるかもしれません。

それでも、あの日、上司が私に再点火してくれた「当事者意識」というエンジンだけは、決して止めてはならない。

自分の判断と意見に責任を持つ。 それは、一人の社会人として、そして一人の親として、自分自身に課した、新しい誓いです。

朝5時の静寂の中、スマホで漫画を読む時間も大切にしながら、これからはエントリーシートを書く時間も作っていこうと思います。自分のキャリアと向き合うこともまた、未来への当事者意識の表れなのかもしれませんから。

長い文章になりましたが、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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