生後96日の娘と曾祖母の初対面。4世代が集った、忘れられない一日

シードのホームワーク

はじめに:僕が家族の物語を綴る理由

はじめまして。ブログの筆者をしている「シード」と申します。

僕は現在、愛する妻と、そして生後96日になるかけがえのない娘との3人暮らし。慣れない育児に奮闘しながらも、一日一日、娘の成長に目を細める毎日を送っています。ミルクを飲む量が増えたこと、手足をバタバタさせる力が強くなったこと、そして時折見せてくれる天使のような笑顔。その一つひとつが、僕と妻にとっての宝物です。

このブログでは、そんな僕たち家族の何気ない、けれど、かけがえのない日常を綴っていきたいと思っています。そして、読者の皆さん、特に同じように子育てに励むパパさんやママさんにとって、ほんの少しでも共感できたり、役立つ情報を見つけられたりするような場になれば、これほど嬉しいことはありません。

さて、今日の物語は、僕たち家族にとって、そして僕のルーツにとっても、非常に特別で、忘れられない一日となった出来事についてです。

それは、生後96日の娘が、僕の祖母、つまり娘にとっては曾祖母(ひいおばあちゃん)と初めて対面した日の記録。

急遽決まったその一日は、笑い声と、美味しい料理と、そして世代を超えた温かい交流に満ち溢れていました。命のバトンが繋がれていく奇跡を、肌で感じた一日。そんな僕たちの、ちょっと長くて、でも心温まる物語に、どうぞ最後までお付き合いください。

第一章:突然の計画と、その日の朝

その計画は、本当に突然持ち上がりました。

「週末、おばあちゃんにひ孫の顔を見せに行かないか?」

そう提案してくれたのは、僕の実家の母からでした。僕の祖母は現在、少し離れた場所にある老人ホームで暮らしています。ここ数年、世の中の状況もあって、なかなか会いに行くことができずにいました。最後に会ったのは、もう3年ほど前になるでしょうか。娘が生まれてからというもの、「いつか、この子の顔を祖母に見せてあげたい」という想いは常に僕と妻の中にありましたが、生後間もない娘を連れての長距離移動には、どこか躊躇いがあったのも事実です。

しかし、電話口の母の言葉には、どこか切実な響きがありました。「おばあちゃん、最近少し元気がなくてね。きっと、ひ孫の顔を見たら喜ぶと思うのよ」。その一言が、僕たちの背中を強く押してくれました。

「行こう。今週末、みんなで会いに行こう」

僕と妻の意見はすぐに一致しました。

さて、今日の主役の一人である我が家の小さなプリンセス。彼女は生後96日。育児用語でいうところの「生後3ヶ月」を迎えようとしている時期です。

【ちょっと育児雑学:生後3ヶ月の赤ちゃんの成長】

生後3ヶ月頃の赤ちゃんは、身体的にも精神的にも目覚ましい成長を遂げる時期です。多くの赤ちゃんで首がすわり始め、うつ伏せにすると頭を持ち上げようとします。また、感情表現が豊かになり、「あー」「うー」といったクーイング(喃語)を発したり、人の顔を見てにっこりと笑う「社会的微笑」が見られたりするようになります。五感も発達し、動くものを目で追ったり、音がする方向を向いたりするなど、外の世界への興味がぐんぐん高まる大切な時期なのです。

まさに、我が家の娘もこの成長曲線の真っ只中にいます。数週間前までは、ただ泣くか寝るかだったのが、今では僕や妻の顔をじっと見つめ、あやすと「キャッ」と声を上げて笑うようになりました。この笑顔が見たくて、僕たちは毎日、変な顔をしたり、高い高いをしたりと奮闘しているのです。

「おばあちゃん、娘のこの笑顔を見たら、どんな顔をするだろう?」

そんなことを想像しながら、お出かけの準備を始めました。赤ちゃん連れの外出は、さながら小さな引っ越しです。

  • おむつ(多めに10枚!)
  • おしりふき
  • 着替え(ミルクの吐き戻しや、まさかの事態に備えて3セット)
  • 授乳ケープ
  • 粉ミルクと哺乳瓶、お湯を入れた水筒
  • ガーゼハンカチ
  • お気に入りのおもちゃ
  • 抱っこ紐
  • そして、それら全てを詰め込む巨大なマザーズバッグ…

「よし、完璧だ!」妻と二人で指差し確認をしながら、準備完了。窓の外は、僕たちの計画を祝福してくれるかのような、穏やかな日差しが降り注いでいました。

第二章:二台の車、それぞれの想いを乗せて

当日は、まず僕の実家へ向かいました。そこには既に両親と、僕の三番目の弟がスタンバイしていました。久しぶりに顔を合わせる家族。みんな、娘の顔を見るなり「うわー、大きくなったなぁ!」「どっちに似てるかな?」と、一気に場が和みます。娘は少し驚いたのか、きょとんとした顔で周りを見渡していましたが、人見知りで泣き出すこともなく、その大物ぶりに皆が感心していました。

ここから、もう一人の弟、次男をピックアップし、祖母の住む老人ホームへ向かいます。今回は総勢7名+赤ちゃん1名の大所帯。必然的に車は二台に分かれての移動となりました。

一台は、僕の両親と三男が次男を迎えに行く車。そしてもう一台が、僕と妻、そして娘が乗る、いわば「主役チーム」の車です。

チャイルドシートにちょこんと座る娘。最初は窓の外の景色を不思議そうに眺めていましたが、車の揺れが心地よいのか、すぐにすやすやと寝息を立て始めました。その寝顔を見ながら、妻と二人、色々なことを話しました。

「おばあちゃん、私たちの結婚式には来てくれたけど、まさかひ孫の顔を見せる日が来るなんて、なんだか不思議な感じだね」 「本当だね。あなたのおばあちゃん、すごく喜んでくれるといいな」

僕の祖母は、僕が小さい頃、本当に可愛がってくれました。夏休みにはいつも祖母の家に行き、カブトムシを捕まえたり、縁側でスイカを食べたりした記憶が、鮮明に蘇ってきます。いつも朗らかで、僕たちの成長を何よりも喜んでくれていた祖母。そんな祖母に、僕が父親になった姿と、その腕に抱かれた新しい命を見せられることが、誇らしくもあり、少し照れくさくもありました。

【コラム:赤ちゃんとのドライブを快適にするための5つのポイント】

赤ちゃんとの車での移動は、準備と工夫で快適さが大きく変わります。

  1. こまめな休憩: 大人の感覚で移動せず、1時間〜1時間半に一度は休憩を取り、おむつ替えや授乳、外の空気を吸わせる時間を作りましょう。
  2. 快適な車内環境: 直射日光が当たらないようにサンシェードを活用し、エアコンで温度・湿度を適切に保ちます。大人が少し肌寒いくらいが赤ちゃんには丁度良いことも。
  3. ぐずり対策グッズ: 赤ちゃんのお気に入りのおもちゃや、心地よい音楽・童謡などを準備しておくと、ぐずり出した時の心強い味方になります。
  4. チャイルドシートの確認: 安全のためはもちろん、赤ちゃんが快適に過ごせるよう、角度やベルトの締まり具合をこまめにチェックしましょう。
  5. 授乳・おむつ替えスポットの事前リサーチ: 高速道路のサービスエリアや、目的地の近くにある「赤ちゃんの駅」などを事前に調べておくと、安心して移動できます。

僕たちも、娘がぐずり出さないか少し心配していましたが、幸いなことに、目的地に着くまでの間、天使のような寝顔を見せ続けてくれました。きっと、これから始まる大イベントに向けて、エネルギーを溜めていたのでしょう。

第三章:円卓を囲んで、笑顔咲く中華ランチ

老人ホームへ向かう前に、まずは腹ごしらえです。次男も無事に合流し、総勢8名で向かったのは、大きな円卓のある中華料理店でした。赤ちゃん連れということもあり、周りを気にせず過ごせる個室を予約しておいてくれた母の気遣いが、本当にありがたかったです。

円卓を囲み、次々と運ばれてくる美味しそうな料理。エビチリ、麻婆豆腐、青椒肉絲、そして熱々の小籠包。湯気と共に立ち上る香りが、食欲をそそります。

そして、この食事の時間、娘はまさに「時の人」でした。

父が抱っこすれば、その大きな手の中で安心したように目を細め、母があやせば、「あー、うー」と嬉しそうに声を出す。弟たちが代わる代わる「かわいいなぁ」と覗き込めば、まるでそれに応えるかのように、にこーっと笑ってみせるのです。

家族みんなが、娘という新しい存在に夢中になっている。その光景を見ているだけで、僕の胸は温かいもので満たされていきました。中華料理の円卓は、全員の顔が見えるのが良いところ。娘を中心に、家族の笑顔の輪が幾重にも広がっていくようでした。

もちろん、赤ちゃん連れの外食は手放しで楽なわけではありません。妻と僕は、交代で料理を口に運びながらも、常に娘の様子に気を配ります。おむつは大丈夫か、暑がっていないか、そろそろミルクの時間ではないか。

【コラム:赤ちゃん連れ外食を成功させる秘訣】

小さな赤ちゃんを連れての外食は、パパママにとって一大イベント。成功の鍵は「準備」と「心構え」です。

  • お店選びが9割: 座敷や個室があるお店は、周りを気にせず過ごせるので最有力候補。また、ベビーカーでの入店が可能か、おむつ替えスペースがあるかなども事前に確認しておくと安心です。
  • 時間帯をずらす: ランチやディナーのピークタイムを避けるだけで、お店の混雑度が全く違います。空いている時間帯なら、お店の方も親切に対応してくれることが多いです。
  • 万全の持ち物: 冒頭で紹介した持ち物に加え、使い慣れたブランケットやタオルケットがあると、お店の椅子を即席ベッド代わりにできたり、冷房対策になったりと重宝します。
  • 完璧を求めない: 赤ちゃんは泣くのが仕事。もし泣き出してしまっても、「すみません」と焦るのではなく、まずは冷静に赤ちゃんが何を求めているのかを探ってあげましょう。時には、パパかママのどちらかが外に連れ出して気分転換させるのも一つの手です。

幸い、この日の娘は終始ご機嫌でした。家族みんなにかまってもらえたのが、よほど嬉しかったのでしょう。食事の終盤には、さすがに少し疲れたのか、僕の腕の中でウトウトし始めました。その眠そうな、でも幸せそうな顔を、皆で写真に収め、僕たちは心もお腹も満たされて、いよいよ本日のメインイベント、祖母の待つ老人ホームへと向かったのです。

第四章:三年の時を超えて。曾祖母との感動の再会

老人ホームに到着すると、ロビーの穏やかな空気と、消毒液の清潔な香りが僕たちを迎えました。面会手続きを済ませ、スタッフの方に案内されて祖母のいる共有スペースへと向かいます。僕の心臓は、少しだけドキドキと鼓動を速めていました。

「おばあちゃん、元気かな…」

そして、その瞬間は訪れました。車椅子に座り、窓の外を眺めていた小柄な後ろ姿。紛れもなく、僕の祖母でした。

「おばあちゃん!」

母が声をかけると、祖母はゆっくりとこちらを振り返りました。その顔には、深い皺が刻まれています。僕が最後に会った3年前よりも、少しだけ小さくなったように感じました。

「あら、まあ、みんな来てくれたのかい」

祖母は、一瞬誰だか分からないというような表情をしましたが、僕たちの顔を一人ひとり見つめるうちに、その瞳にぱっと光が灯りました。

「おお、シードか!大きくなったなぁ!」

僕のことを覚えていてくれました。そのことが、たまらなく嬉しかった。しかし、会話を交わす中で、少しだけ認知症が進んでいるのかもしれない、と感じる瞬間もありました。少し前のことを忘れてしまったり、話が少しだけ噛み合わなかったり。その現実に、胸がちくりと痛みました。

【雑学:認知症の方とのコミュニケーションで大切なこと】

認知症の方と接する際は、否定せずに共感することが大切だと言われています。相手の世界観を尊重し、「そうなんだね」とまずは受け止める。そして、昔の思い出話など、本人が得意な話題を振ってあげることで、自信を取り戻し、会話が弾むことがあります。また、ゆっくり、はっきりとした口調で話しかけ、笑顔で接することも、相手に安心感を与える上で非常に重要です。

ですが、そんな一抹の寂しさを吹き飛ばすほど、この日の祖母は、驚くほどハツラツとしていました。僕の近況、弟たちの仕事のこと、両親の健康のこと。次から次へと質問を投げかけ、楽しそうに相槌を打ってくれます。その姿に、僕たちは心から安堵しました。

そして、いよいよクライマックスの時が訪れます。

妻が、腕に抱いていた娘をそっと祖母の膝の前に連れて行きました。

「おばあちゃん、この子が、私たちの娘です。ひ孫ですよ」

祖母は、最初は何が起きたのか分からないというように、目をぱちくりさせていました。しかし、目の前にいる小さな小さな存在が、自分の血を分けた、新しい命であると理解した瞬間、その顔が、くしゃっと、本当に嬉しそうに綻んだのです。

「まあ…なんて、かわいい子なんだい…」

皺の刻まれた手が、おそるおそる、娘の柔らかな頬に伸びていきます。その手は少し震えていました。

「こんにちは、はじめましてだねぇ。ばあばですよ。よく来てくれたねぇ」

祖母は、止まらないといった様子で、娘に優しく話しかけ続けます。すると、その声に応えるかのように、今まで大人しくしていた娘が、満面の笑みを浮かべたのです。「キャッ」という、鈴を転がすような笑い声まで上げて。

その瞬間、その場にいた全員が、息を呑みました。

生後96日のひ孫と、80年以上もの時を重ねてきた曾祖母。二つの命が、時を超えて、確かに心を通わせた瞬間でした。祖母の目には、うっすらと涙が浮かんでいます。その涙は、悲しみの涙ではなく、喜びと、愛しさと、そして命の尊さに触れた感動の涙であることは、誰の目にも明らかでした。

その後も、娘は終始ご機嫌で、祖母にたくさんの笑顔を振りまいていました。まるで、「ひいおばあちゃん、会いに来たよ!」と、全身で伝えているかのようでした。その光景を写真に収めながら、僕は、今日ここに来ることを決断して、本当に良かったと、心の底から思ったのです。

第五章:帰り道と、小さな冒険の終わり

名残惜しい気持ちを胸に、僕たちは祖母に別れを告げました。「またすぐに会いに来るね」という約束を交わして。

老人ホームを後にし、再び車に乗り込みます。すると、さっきまでのご機嫌が嘘のように、娘がふえーんと泣き出してしまいました。

「どうしたんだろう、お腹すいたのかな?おむつかな?」

妻と二人であれこれ試してみますが、泣き止む気配はありません。ですが、しばらくして、僕はあることに気づきました。これは、わがままや不快感からくる涙ではない。今日一日、たくさんの人に会って、たくさんの声を聞いて、たくさんの笑顔に触れて…彼女の小さな身体と心には、少し刺激が強すぎたのかもしれない。

「きっと、疲れたんだね。いっぱい頑張ったもんね」

そう言って背中をトントンと優しく叩いてあげると、娘はしゃくりあげるような声を何度か上げた後、こてん、と僕の腕の中で深い眠りに落ちていきました。その寝顔は、やりきった冒険者のように、どこか満足げに見えました。

結局、娘は家に着くまでの1時間半、一度も起きることなく、ぐっすりと眠り続けていました。

【雑学:赤ちゃんにとっての「新しい経験」の意味】

赤ちゃんにとって、新しい場所に行ったり、たくさんの人に会ったりすることは、五感をフル活用する絶好の機会です。様々な音、匂い、光、人の表情や声は、赤ちゃんの脳に無数のシナプス(神経細胞の繋がり)を形成させ、心の発達を促すと言われています。しかし、同時にそれは赤ちゃんにとって大きなエネルギーを消費する活動でもあります。大人が思う以上に、赤ちゃんは疲れてしまうのです。お出かけの後は、ゆっくりと休ませてあげる時間を確保することが、健やかな成長のためにとても大切です。

今日の娘の涙は、まさに成長の証。たくさんの刺激を全身で受け止め、それを自分の力に変えようとしている証拠なのだと、僕はそう確信しました。

終章:結びにかえて

帰宅して、娘をベビーベッドに寝かせ、妻と二人で温かいお茶を飲みました。

「今日、本当に良い一日だったね」

どちらからともなく、同じ言葉がこぼれます。

二台の車で連なって走った道。家族みんなで囲んだ中華の円卓。そして、三年の時を超えた、祖母との再会。その一つひとつの場面が、脳裏に焼き付いて離れません。

特に、曾祖母とひ孫が笑顔を交わしたあの光景は、僕の人生においても、決して忘れることのできないワンシーンとなるでしょう。僕という存在が、祖母から両親へ、そして僕から娘へと、命のバトンを受け継いできた結果なのだと、改めて実感させられました。

今日、娘がもらったたくさんの刺激は、きっと彼女をまた一歩、大きく成長させてくれるはずです。そして、僕の祖母もまた、ひ孫の笑顔から、明日を生きるための大きな力をもらったに違いありません。

家族が集うこと。世代を超えて触れ合うこと。それは、私たちが思っている以上に、パワフルで、温かいエネルギーを生み出すのだと思います。

このブログを読んでくださっているあなたにも、きっと大切に想う家族がいることでしょう。もし、しばらく会えていない人がいるのなら、この週末にでも、連絡を取ってみてはいかがでしょうか。

僕たちの、そして皆さんの毎日が、家族との温かい時間に満ち溢れたものでありますように。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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